「いらっしゃい。 Mr.Musashino.」

無事に空港についた武蔵は次の依頼主の女の出迎えを受けた。

「"Mr."も"no"もいらない。"Musashi"と呼んでくれ」

引き続き、此処でも英語での会話となる。

「OK!Musashi. それにしても変な名前だよね」

「それはウチの親に言ってくれよ」

二人は歩き始めた。

「ファーストネームもラストネームも"Musashi"だなんて」

「ふざけた親だよな。普通はラストネームが"Musashino"だったら、ファーストネームに"Musashi"は避けるはず」

「でも、いいじゃない。私はすぐに覚える事が出来たわ」

「そうなんだよな。日本の外で仕事をする様になって、それは実感する」

「そんなに違うの?」

「ああ、ラストネームとファーストネームが同じだという事はラストネームを言いたい者にもファーストネームを言わせてしまう事にもなる」

「なるほどねぇ」

「それで半ば無理矢理、親しみを抱いて貰える事は多い様に感じるよ」

「無理矢理に親しみって、可笑しい~」

女は屈託なく笑っている。

「それでも中には頑固にラストネームで呼ぶ律儀者もいるけど」

武蔵はそう言うと、苦笑した。

「そうなんだ」

「でも、それは君には関係の無い話だったな」

「私もそうした方がいいのかしら?」

「いや、だから"Musashi"でいいって。たまたま前の依頼主が律儀者だったからさ。つい、余計な事を言ってしまった」

「全然、余計じゃないよ。面白いじゃない。そういう話も」

「ありがとう。お詫びという訳でもないが、飯でも奢るよ」

「いいの?」

「いいさ。臨時収入も入ったしね」

「そうなんだ。じゃあ、ご馳走になっちゃおう」

二人は女の車でレストランへ行き、食事を済ませた後、女のアパートへと帰って来る。

部屋の鍵を開けたつもりが閉まっていた。
女は再び鍵を開ける。

そしてドアを開けた途端、何者かに捕まって部屋の中へと引きずり込まれた。

武蔵は用心しながら、一旦、閉じたドアをゆっくりと開ける。
部屋の中を覗くと、一人の男が依頼主の女の頭に銃を突き付けていた。

「妙な事をしたら、この女の頭がどうなるのか、分かるよな!?」

男が武蔵に脅しをかけてくる。

「別にお前に何かをするつもりは無いよ」

「だったら、おとなしく帰りな」

「今、俺が帰るところは此処しかないんだけどなぁ」

「なんだと!?一体、お前は何者なんだ?」

「俺はその女のゲノムマネージメントをしに来たのさ」

「本当か!?」

男は女に訊いた。
男に口を塞がれながら、女が頷く。

「どうしたら、いいのか、分かるよな!?」

武蔵が男を問い詰める。
男はゆっくりと女を離した。

女は武蔵のところまで駆け寄って来る。
武蔵は女を抱き寄せた。

そして男も武蔵の方へ向かって来る。
そのまま武蔵の脇を通り、部屋を出て行った。

そして武蔵は女を抱えたまま部屋の中へ連れて行く。

「大丈夫か?」

「うん。ありがとう」

武蔵は部屋の中にあったベッドに女を座らせた。

「コーヒーでも煎れようか?何処にある?」

「私が煎れるわ。もう大丈夫だから」

座ったばかりの女が立ち上がる。

「大丈夫か?」

「うん。今度はあなたが座って待っていて」

「OK」

そう言うと、武蔵は部屋の中で腰を下ろした。

暫くすると、女がコーヒーを煎れて戻って来る。

「はい。どうぞ」

「ありがとう」

武蔵はコーヒーを受け取った。
女は再びベッドに座って、コーヒーを啜る。

「警察に通報しないと」

「見逃してやって貰えるかな!?」

「え!?何で?」

「ゲノムマネージャーは犯罪を目の当たりにした時に、犯人がそれ以上の犯行を思い止まった場所は見逃す決まりになっている」

「何故?」

「もしゲノムマネージャーが犯罪被害に遭い命を落としたら、ゲノムマネージメントで追跡されるから逃れられなくなる」

「それはそうよねぇ」

「でも、見逃して貰えるなら、あの様なケースで無理に犯行を続けるよりも、その場は引き下がって別の機会にした方がいい」

「でも、それじゃあ、他に被害者が出てしまうだけじゃないの!?」

「それはそうなんだけどねぇ。でも、先程の彼は見逃して貰えると思ったから、おとなしく引き下がってくれたのだろう!?」

「それもそうね」

「もし、そうじゃなかったら、君も俺も殺されていたのかもしれない」

「本当にそうだわ」

「ある意味、ゲノムマネージャーを守る為でもある。見逃す決まりは」

「なるほどねぇ」

「ゲノムマネージャーは色々な法に守られながらも、法に縛られない面もある」

「至れり尽くせりだわ」

「そこまで超法規的な事をしてでも守らなければならない。それは犯罪者が無法者だとして、ゲノムマネージャーも別の意味で無法者だという事」

「そんな見方もあるんだねぇ」

「そして無法者とはいえ、犯罪者を社会から排斥してはならない」

武蔵は厳しくも優しい表情でしっかりと言った。