依頼主の女が暴漢に襲われそうになったが、武蔵が居合わせた事で穏便に済ます事が出来た。

ゲノムマネージャーは犯罪者を目の当たりにしても見過ごさなければならない。

そうする事で犯罪者の犯行を自重させる事に一定の効果があり、そうする事がゲノムマネージャーの命を守る事にもなる。

ゲノムマネージャーとて死んでしまったら、ゲノムを書き換える事は出来なくなってしまう。

そうまでしてまで守らなければならないゲノムマネージャーの命。

ある意味、ゲノムマネージャーも無法者である、と。

そして元々、本来の無法者である犯罪者について武蔵は言った。

「犯罪者を社会から排斥してはならない」

と。

「え!?どうして?」

「乱暴をされそうになった君からすれば、理解は出来ない事なのかもしれない。犯罪者の肩を持ってる様にも見えるかもね」

「理解が出来ないというよりは率直な疑問があるわ」

「勿論、社会は犯罪を減らす努力が必要ではある」

「うん」

「ただ、犯罪者と犯罪は分けて考えなければならないって事。"罪を憎んで人を憎まず"なんて言葉もある」

「その言葉は私も知っているわ」

「犯罪を減らす必要はあるが、犯罪者を排斥までしてしまうと、本来、犯罪者にならずに済む者まで犯罪者にしてしまうんだよ」

「そうなの!?」

「犯罪者を排斥した世界では残された者の中から一定数、犯罪者を生み出す事にもなる」

「なるほどねぇ」

「その生み出された犯罪者は、以前の段階での排斥がなければ犯罪者にはならずに済んだ者」

「そんな見方もあるんだ」

「結局、憎悪による排斥は、より憎悪を蔓延させる事になる」

「そう考えると怖い事だよね」

「だから濁っているからといって、悪いものだからといって、安易に排斥してはならない」

「そっか」

「濁っているものや悪いものですら愛する事の出来る情が必要」

「Musashiの言っている事は分からないでもないけど、それが必要かって言われると、やっぱり疑問かな」

「勿論、殆どの個人にそこまでの情は無いだろう」

「そうだよね」

「でも、社会にはその様な情も必要だって事」

「社会には、かぁ」

「間違える事が許されない世界で人間社会は秩序を保つ事が困難になるだろう」

「そうなのかな」

「更正の道が残されている事で人は真っ当に生きる事も出来るんだよ。ただ、殆どの人間は自分が真っ当に生きている事を自分だけの問題だと過信してしまっている」

「なるほどねぇ」

「その過信が社会から情を排除してしまい、悪に対する憎悪を強めてしまう。しかし、それではいつまで経っても憎悪の連鎖を断ち切る事は出来ない」

「それはそうかもしれないわ」

「そこでゲノムマネージャーの出番なのさ」

「どういう事?」

「ゲノムマネージャーは例え極悪非道な者ですら愛する情がなければならない。それは博愛ならぬ博情とも言える」

「博情かぁ」

「そして、その博情は特定の誰かに特別に愛されたい者にとっては薄情にも感じるだろう。後の方は薄い情の方ね」

「それはそうだよねぇ」

「でも、それでいい。その博情(薄情)を以って世の中の憎悪を薄める事。それがゲノムマネージャーにとって最大の役割と考える」

「だから、なんだ」

「何が?」

「さっき言っていたじゃない。ゲノムマネージャーも無法者だって」

「ああ。そういう事」

「でも、私には信じられないわ。そんな簡単に憎悪を薄める事が出来るのか」

「簡単ではないさ。でも、出来ない事ではない」

「本当!?」

「その為に俺は此処へ来たんだろ!?」

「ありがとう」

「君の家族へ対する憎悪。ゲノムマネージメントの必要性を感じた」

「それで私の依頼を受けてくれたのね」

「被害者が加害者を憎悪しなくて済む様に。加害者がそれ以上の憎悪を生み出したりする事の無い様に。ゲノムマネージャーは全ての者に情をかける」

「うん」

「先程の彼も今日、思い止まった事を思い出して、次も思い止まってくれたら、と」

「そうだね」

「今度は君の番さ」

「うん」

「申し訳なかったね」

「何が?」

「こんなに長々と話をしてしまって」

「いえ。すごく勉強になったから」

「マネージメントをする前に俺が博情(薄情)者だって事を理解しておいて貰いたかったんだよね」

「そうだったんだ」

「その方がマネージメントがし易くなると思って。料理の下拵えみたいなもんだと思って貰えれば」

「それじゃあ、私は食材なの?」

「俺にとっては強ち間違いではないかな」

「どう調理して貰えるのかしら?」

「それは楽しみにしておいて」

そう言うと武蔵は立ち上がって、女をベッドに寝かせる。
そして武蔵もベッドへ潜り込んだ。